落語研究会 H18.4.23放送分

 

前解説

香苗(黙礼に続き、)「落語研究会」の時間です。東京・三宅坂、国立劇場からお送りいたします。
今日から毎月1回、落語の名演の数々をお楽しみいただきたいと思います。
私(わたくし)は進行役を務めます、TBSアナウンサーの竹内香苗と申します。よろしくお願いいたします。(礼)
そして、お相手いただきますのは、落語評論家の、京須偕充(きょうす・ともみつ)さんです。
これからどうぞ、よろしくお願いいたします。
京須 こちらこそ、どうぞよろしく。
香苗 実は、
京須 はい。
香苗 私、落語の初心者でして。
京須 ほうほう。
香苗 これまでアナウンサー研修などで何度か拝見してとても楽しかったんですけれども、
京須 はあー、研修にあるんですか落語が。へえー。
香苗 そうなんですよー。
でも、より楽しむためのアドバイスを何か、いただけますかぁ?
京須 いや、これはね、特別な法則もなんにもありません。
香苗 はあい。
京須 とにかくご自分が今、面白いなと思ってる、その…線を、追って、いらっしゃると、そのうちまた別の楽しみが見つかると。
香苗 はあー…。
京須 それをふくらませて(?)、皆さん独自に楽しめばよろしいんです。
香苗 そっか。
京須 そう。
香苗 見ていくうちにどんどん繋がっていくということなんですね。
京須 そうです。だから、蝶々(ちょうちょ)が花から花へと行くように。
香苗 はい(笑)
京須 そういうことでいいと思いますよ。
香苗 あっ、そうなんですね(笑)
京須 はい。
香苗 (胸に手を当てて)ちょっと気が楽に、なりました。
さて、本日お送りする落語は、柳家さん喬さんの「意地くらべ」、です。
この「意地くらべ」、京須さんどんなお話なんですかぁ?
京須 うん、これはタイトルのとおりですね、「意地くらべ」。「くらべ」といっても、その比較ではなくてね、
香苗 うーん。
京須 「競う」。で、意地…意地を張る、強情な人間が何人か出てきて、
香苗 うーん。
京須 もつれてくる話ですね。
香苗 そこに、おかしさが出てくると、いうことなんですねえ。
京須 はいはい、そういうことです。
香苗 いつの、お話なんですか?
京須 うん、これはね、あの明治の末期の、岡鬼太郎さんという、まあ、演劇関係の方。この方のお作りになった話なんです。
香苗 へえー…。
京須 もう百年ぐらい、前のことになりますね。
香苗 へえー。
その「意地くらべ」なんですけれども、ポイントがいくつか、
京須 ええ。
香苗 あるそうですねえ。
京須 はい。あのー、この話はね、柳家小さん師匠、2002年(平成14)に亡くなられました、その前の前の小さん師匠あたりから、ずっとおやりになった、柳家のお家芸。
香苗 はい。
京須 で、今日のさん喬も、小さん師匠の、愛弟子でいらっしゃる。
香苗 ええ。
京須 えー、柳家の系統の芸なんですけど、比較的上演…の機会が、少ないですね。
香苗 (意外そうに)ふうーん。それはなぜですか?
京須 恐らくですね、これはあのー、正反対の人間が出てきて絡むと、いうのが落語にとっては手っ取り早い面白さなんですよ。
香苗 (大きくうなずき)はあい。
京須 この話はね、強情な人が3人4人と出てきます。
香苗 へえー…。
京須 その強情な人の描き分け、というのがポイントですから。
香苗 はい。
京須 そこが難しいと言えば、大変難しい。
香苗 へえー。
それをじゃ、さん喬さんならではの、というところはあるんですか。
京須 そうそう。
さん喬さんはとても演劇的と言いますかね、人物の描写の上手な人ですから、
香苗 うーん…。
京須 さん喬さんあたりにね、この話を、もう一度大きく広げてほしいと思ってますね。
香苗 へえー。
じゃ、「意地くらべ」ということは、みんなそういうふうに意地っ張りの人ばっかり、なんですかぁ?
京須 そうなんですそうなんです。ばっかりでもない、
香苗 (可愛らしく小首を傾げる)
京須 一人、「まあ、そう言わないで」という人が、出てきますけどね。
香苗 はい(笑)
京須 えー、ほとんどの人が意地っ張り、強情。ただし正直で、直情だという。
香苗 うーん。
京須 嘘がつけない、一本気。
香苗 でも一人だけは、違う人も出てくると。
京須 そうです。はい。
香苗 そこが、楽しみどころ、なんですねえ。
京須 そうですね。そのへんを楽しんでいただければと思います。
香苗 はい。
さあそれでは、柳家さん喬さんの「意地くらべ」、ごゆっくり、お楽しみください。

後解説

香苗 柳家さん喬さんの、「意地くらべ」、でした。
しかしみんな、意地っ張りですねえ(笑)
京須 そうですよ、たいしたもんですねえ。
香苗 誰も譲らないですねえ(笑)
京須 はいはい。
香苗 ただやはり、その、出てきたおかみさん一人だけは、「まあまあまあ」という、とりあえずちょっと違った…
京須 はい。
香苗 役割でしたねっ。
京須 うん、これはね、あのーやはり、みんな面白い人ばっかりにすると、却って話の面白みが出ないこともある。
香苗 うーん…。
京須 だから隠し味のように、普通の人と言いましょうか、聞き手の皆さんと同じような、人を出して、話のラインをちょっと戻して、また新たな出発をすると。
これが一つの手法ですね。
香苗 あっ、そうなんですねえ…。
京須 で、これがね、意地っ張りは男に任せて、
香苗 うーん…。
京須 たった一人の普通の人が、おかみさんでしょ? 女性でしょ? ねっ。
女の人が現実的っていうのは、
香苗 あー…。
京須 昔からそうなんでしょうね。
香苗 そうなんですねえー(笑)
京須 うーん。
香苗 でも、3人意地っ張りの、男性が出てくるんですけど、
京須 はい。
香苗 それぞれ全部やっぱり、違った、
京須 ええ、ええ、ええ。
香苗 人っていうのがもう、すごく、際立ちますねえ。
京須 あの、そこがこの話の、難しいところでもありますし、
香苗 うーん…。
京須 また、芸の発揮のしどころでもあるわけですね。
香苗 うーん…。
京須 で、また、その芸のある人でないと、
香苗 あっ…。
京須 この話はこなせない。
香苗 っていうことはやっぱり、難しい…
京須 難しいんです。
香苗 落語と…いえる…。
京須 なかなか難しいんです。暢気な話のようで、
香苗 (笑顔になる)
京須 難しい。
香苗 そうなんですね。
他には、どんな点が特徴ですか? この落語は。
京須 えーっとね、やはりこの、新作…といっても百年前の新作ですが、古典落語、江戸時代からある落語とちょっと違うところに、
香苗 うん…。
京須 「自分に嘘をつくようだ」というような、
香苗 はい。
京須 ね、表現があるでしょ?
香苗 よく言いますねえ、はい。
京須 これ、今だったら普通の言い方なんだけれど、自分を目的語のようにして、客体のようにして物を言う、考える、
香苗 はい。
京須 というのはね、江戸時代にはなかったと思うんですよ。
香苗 あっ…、そうなんですねえ…。
京須 江戸時代だったらね、自分自身の気持ちを強調するか、何か絶対的な存在を出して、引き合いに出して言う。だから、「あっしの気が済まないんだ」という、
香苗 はい(笑)
京須 あるいは、「ご先祖に申し訳ない」とか、ね?
香苗 ああー(笑)
京須 「お天道様の下、大手を振って歩けない」という表現になるんでしょう。
香苗 そうですよね。
京須 欧米の考え方が入ってきてからの、これはね、作品であるということの痕跡、がここにあると私は思うんですがねえ。
香苗 へえーーー! そういうことも、あるんですねえ。
京須 うん、これは私の考え方だけど、恐らくそうではないかと。
香苗 …勉強になります…。
京須 いやいや。あまり勉強しないで楽しんでください(笑)
香苗 あっ、そうですね(笑) それも大事ですが。
でも3人意地っ張りの人が出てきて、一番の意地っ張りって…誰だったのかなーと思いながら見てたんですけど(笑)
京須 うん、これは元を作った八っつぁんでしょう。
香苗 あ。そっか、八っつぁんが、返すんだって言ったことによって…
京須 ええ。
香苗 あれだったんですもんね?
京須 そうです。
他の人はね、まあ、言われたことが気に入らないから強情を張る。
八っつぁんはもう、返さなくていいものを返そうと考える。
香苗 (微笑みながらうなずく)
京須 オリジナルの、強情はこの人ですよ。
香苗 うーん。くすくす笑ってしまいました。
それでは来月も「落語研究会」で、お楽しみください。
京須さん、ありがとうございましたっ。
京須 こちらこそ、ありがとうございました。

 

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