前解説
香苗 | (黙礼に続き、)「落語研究会」の時間です。東京・三宅坂、国立劇場からお送りいたします。 今日から毎月1回、落語の名演の数々をお楽しみいただきたいと思います。 私(わたくし)は進行役を務めます、TBSアナウンサーの竹内香苗と申します。よろしくお願いいたします。(礼) そして、お相手いただきますのは、落語評論家の、京須偕充(きょうす・ともみつ)さんです。 これからどうぞ、よろしくお願いいたします。 |
京須 | こちらこそ、どうぞよろしく。 |
香苗 | 実は、 |
京須 | はい。 |
香苗 | 私、落語の初心者でして。 |
京須 | ほうほう。 |
香苗 | これまでアナウンサー研修などで何度か拝見してとても楽しかったんですけれども、 |
京須 | はあー、研修にあるんですか落語が。へえー。 |
香苗 | そうなんですよー。 でも、より楽しむためのアドバイスを何か、いただけますかぁ? |
京須 | いや、これはね、特別な法則もなんにもありません。 |
香苗 | はあい。 |
京須 | とにかくご自分が今、面白いなと思ってる、その…線を、追って、いらっしゃると、そのうちまた別の楽しみが見つかると。 |
香苗 | はあー…。 |
京須 | それをふくらませて(?)、皆さん独自に楽しめばよろしいんです。 |
香苗 | そっか。 |
京須 | そう。 |
香苗 | 見ていくうちにどんどん繋がっていくということなんですね。 |
京須 | そうです。だから、蝶々(ちょうちょ)が花から花へと行くように。 |
香苗 | はい(笑) |
京須 | そういうことでいいと思いますよ。 |
香苗 | あっ、そうなんですね(笑) |
京須 | はい。 |
香苗 | (胸に手を当てて)ちょっと気が楽に、なりました。 さて、本日お送りする落語は、柳家さん喬さんの「意地くらべ」、です。 この「意地くらべ」、京須さんどんなお話なんですかぁ? |
京須 | うん、これはタイトルのとおりですね、「意地くらべ」。「くらべ」といっても、その比較ではなくてね、 |
香苗 | うーん。 |
京須 | 「競う」。で、意地…意地を張る、強情な人間が何人か出てきて、 |
香苗 | うーん。 |
京須 | もつれてくる話ですね。 |
香苗 | そこに、おかしさが出てくると、いうことなんですねえ。 |
京須 | はいはい、そういうことです。 |
香苗 | いつの、お話なんですか? |
京須 | うん、これはね、あの明治の末期の、岡鬼太郎さんという、まあ、演劇関係の方。この方のお作りになった話なんです。 |
香苗 | へえー…。 |
京須 | もう百年ぐらい、前のことになりますね。 |
香苗 | へえー。 その「意地くらべ」なんですけれども、ポイントがいくつか、 |
京須 | ええ。 |
香苗 | あるそうですねえ。 |
京須 | はい。あのー、この話はね、柳家小さん師匠、2002年(平成14)に亡くなられました、その前の前の小さん師匠あたりから、ずっとおやりになった、柳家のお家芸。 |
香苗 | はい。 |
京須 | で、今日のさん喬も、小さん師匠の、愛弟子でいらっしゃる。 |
香苗 | ええ。 |
京須 | えー、柳家の系統の芸なんですけど、比較的上演…の機会が、少ないですね。 |
香苗 | (意外そうに)ふうーん。それはなぜですか? |
京須 | 恐らくですね、これはあのー、正反対の人間が出てきて絡むと、いうのが落語にとっては手っ取り早い面白さなんですよ。 |
香苗 | (大きくうなずき)はあい。 |
京須 | この話はね、強情な人が3人4人と出てきます。 |
香苗 | へえー…。 |
京須 | その強情な人の描き分け、というのがポイントですから。 |
香苗 | はい。 |
京須 | そこが難しいと言えば、大変難しい。 |
香苗 | へえー。 それをじゃ、さん喬さんならではの、というところはあるんですか。 |
京須 | そうそう。 さん喬さんはとても演劇的と言いますかね、人物の描写の上手な人ですから、 |
香苗 | うーん…。 |
京須 | さん喬さんあたりにね、この話を、もう一度大きく広げてほしいと思ってますね。 |
香苗 | へえー。 じゃ、「意地くらべ」ということは、みんなそういうふうに意地っ張りの人ばっかり、なんですかぁ? |
京須 | そうなんですそうなんです。ばっかりでもない、 |
香苗 | (可愛らしく小首を傾げる) |
京須 | 一人、「まあ、そう言わないで」という人が、出てきますけどね。 |
香苗 | はい(笑) |
京須 | えー、ほとんどの人が意地っ張り、強情。ただし正直で、直情だという。 |
香苗 | うーん。 |
京須 | 嘘がつけない、一本気。 |
香苗 | でも一人だけは、違う人も出てくると。 |
京須 | そうです。はい。 |
香苗 | そこが、楽しみどころ、なんですねえ。 |
京須 | そうですね。そのへんを楽しんでいただければと思います。 |
香苗 | はい。 さあそれでは、柳家さん喬さんの「意地くらべ」、ごゆっくり、お楽しみください。 |
後解説
香苗 | 柳家さん喬さんの、「意地くらべ」、でした。 しかしみんな、意地っ張りですねえ(笑) |
京須 | そうですよ、たいしたもんですねえ。 |
香苗 | 誰も譲らないですねえ(笑) |
京須 | はいはい。 |
香苗 | ただやはり、その、出てきたおかみさん一人だけは、「まあまあまあ」という、とりあえずちょっと違った… |
京須 | はい。 |
香苗 | 役割でしたねっ。 |
京須 | うん、これはね、あのーやはり、みんな面白い人ばっかりにすると、却って話の面白みが出ないこともある。 |
香苗 | うーん…。 |
京須 | だから隠し味のように、普通の人と言いましょうか、聞き手の皆さんと同じような、人を出して、話のラインをちょっと戻して、また新たな出発をすると。 これが一つの手法ですね。 |
香苗 | あっ、そうなんですねえ…。 |
京須 | で、これがね、意地っ張りは男に任せて、 |
香苗 | うーん…。 |
京須 | たった一人の普通の人が、おかみさんでしょ? 女性でしょ? ねっ。 女の人が現実的っていうのは、 |
香苗 | あー…。 |
京須 | 昔からそうなんでしょうね。 |
香苗 | そうなんですねえー(笑) |
京須 | うーん。 |
香苗 | でも、3人意地っ張りの、男性が出てくるんですけど、 |
京須 | はい。 |
香苗 | それぞれ全部やっぱり、違った、 |
京須 | ええ、ええ、ええ。 |
香苗 | 人っていうのがもう、すごく、際立ちますねえ。 |
京須 | あの、そこがこの話の、難しいところでもありますし、 |
香苗 | うーん…。 |
京須 | また、芸の発揮のしどころでもあるわけですね。 |
香苗 | うーん…。 |
京須 | で、また、その芸のある人でないと、 |
香苗 | あっ…。 |
京須 | この話はこなせない。 |
香苗 | っていうことはやっぱり、難しい… |
京須 | 難しいんです。 |
香苗 | 落語と…いえる…。 |
京須 | なかなか難しいんです。暢気な話のようで、 |
香苗 | (笑顔になる) |
京須 | 難しい。 |
香苗 | そうなんですね。 他には、どんな点が特徴ですか? この落語は。 |
京須 | えーっとね、やはりこの、新作…といっても百年前の新作ですが、古典落語、江戸時代からある落語とちょっと違うところに、 |
香苗 | うん…。 |
京須 | 「自分に嘘をつくようだ」というような、 |
香苗 | はい。 |
京須 | ね、表現があるでしょ? |
香苗 | よく言いますねえ、はい。 |
京須 | これ、今だったら普通の言い方なんだけれど、自分を目的語のようにして、客体のようにして物を言う、考える、 |
香苗 | はい。 |
京須 | というのはね、江戸時代にはなかったと思うんですよ。 |
香苗 | あっ…、そうなんですねえ…。 |
京須 | 江戸時代だったらね、自分自身の気持ちを強調するか、何か絶対的な存在を出して、引き合いに出して言う。だから、「あっしの気が済まないんだ」という、 |
香苗 | はい(笑) |
京須 | あるいは、「ご先祖に申し訳ない」とか、ね? |
香苗 | ああー(笑) |
京須 | 「お天道様の下、大手を振って歩けない」という表現になるんでしょう。 |
香苗 | そうですよね。 |
京須 | 欧米の考え方が入ってきてからの、これはね、作品であるということの痕跡、がここにあると私は思うんですがねえ。 |
香苗 | へえーーー! そういうことも、あるんですねえ。 |
京須 | うん、これは私の考え方だけど、恐らくそうではないかと。 |
香苗 | …勉強になります…。 |
京須 | いやいや。あまり勉強しないで楽しんでください(笑) |
香苗 | あっ、そうですね(笑) それも大事ですが。 でも3人意地っ張りの人が出てきて、一番の意地っ張りって…誰だったのかなーと思いながら見てたんですけど(笑) |
京須 | うん、これは元を作った八っつぁんでしょう。 |
香苗 | あ。そっか、八っつぁんが、返すんだって言ったことによって… |
京須 | ええ。 |
香苗 | あれだったんですもんね? |
京須 | そうです。 他の人はね、まあ、言われたことが気に入らないから強情を張る。 八っつぁんはもう、返さなくていいものを返そうと考える。 |
香苗 | (微笑みながらうなずく) |
京須 | オリジナルの、強情はこの人ですよ。 |
香苗 | うーん。くすくす笑ってしまいました。 それでは来月も「落語研究会」で、お楽しみください。 京須さん、ありがとうございましたっ。 |
京須 | こちらこそ、ありがとうございました。 |
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