落語研究会 H18.6.18放送分

 

前解説(4:27〜4:30)

香苗 (黙礼して)落語研究会の時間です。
東京・三宅坂、国立劇場からお送りいたします。
お相手いただきますのは、落語評論家の、京須偕充(きょうす・ともみつ)さんです。
よろしくお願いいたします。
京須 よろしくお願いします。
香苗 さて、本日お送りする落語は、柳家權太郎(ごんたろう)さんの「質屋庫」(しちやぐら)です。
この「質屋庫」は、どんな落語なんですかぁ?
京須 はい。えー、これはね、元々は大阪、上方の落語ですが、今はもう東京でも演るようになったんです。題名の通り質屋さん。
香苗 はい。
京須 質屋さんの蔵の中には、庶民が預けたいろいろな品物があります。
香苗 はい。
京須 そこにね、預けた人が「ああ、あの品物があればな」という気持ちが、霊のように宿って、
香苗 はあー!
京須 怪異が起きるという噺なんです。
香苗 へえーっ!
京須 煎じ詰めて言いますとね。
香苗 あっ、そうなんですねえー。
京須 はい。
香苗 この、質屋ならではの、やっぱり、(手振り付きで)言葉遣いだったりとか、雰囲気だったりとか、そういういろんなことっていうのは出てくるんですかぁ?
京須 そうですね。
このお噺は何かね、質屋さんっていうのはどういう商売かというのを、とてもよく説明してくれているところがありますよ。
香苗 へえーっ。
京須 あのー、今はね、いろんな金融機関がありますが、その頃は質屋さんに品物を預ける…例えばこの湯呑みなら湯呑み、預けて百円借りると。
香苗 えっ? そういう小っちゃい物でも大丈夫なんですか?
京須

そう、ま…仮にね。こういうもんでもいい茶碗であれば、大丈夫だったんですよ。
それで100円借りて、だいたい「八月(やつき)縛り」と言いますから、8か月後には100円に利息を付けて130円ぐらいにして返すと、これが戻ってくるということなんですねえ。

香苗 へえー…。
京須 ところが、返せない。つまり、130円は払えないと。でもこの品物は確保したい。でも、それをそのままにしておくと、質屋さんの所有になってしまってこれが。
香苗 そうですよねえ…。
京須 で、それが「質が流れる」「質流れ」と…今でも、質流れという言葉がありますが、
香苗 はい。(笑顔)
京須 んー…で、それをなんとか防止したいというときには8か月経ったときに、この100円は無理だけれど、
香苗 (笑顔で)はい。
京須 利息の30円だけを支払って、所有権をとりあえず継続する。
それをね、「利上げ」と言ったんだそうです。
香苗 ほおーっ!
京須 これがちょっと、あの…後半でキーワードになりますねえ。
香苗 なるほど! そういった言葉も、出てくるんですね。
京須 「利上げ」って言うとね、今は銀行の利率が…利息が…、
香苗 そうですねえ?
京須 あの利率が上がるのかと思いますが、
香苗 はい。
京須 そうじゃなくて、これ質屋さんの方の言葉なんですね。
香苗 なるほど。
そして、鍵になる登場人物っていうのが、あるそうですねえ?
京須 これはね、その怪異の中で、最終的に現れる、
香苗 はい。
京須 これはもう、大昔の、方。菅原道真公、天神様。
掛け軸の絵に描かれた天神様が、生命を帯びて口を利くという。
香苗 はい。
京須 菅原道真公がどういう方だったかと言えば、平安朝の初期にね、
香苗 はい。
京須 右大臣まで行かれたんですが、そして、太宰府に、これは左遷です。
左遷ですけど、今と昔では、交通事情なんかも違いますから、流された、島流しになった、流されたというふうに言われている方ですね。
香苗 じゃあ、そのあたりも鍵になってくるんですねえ。(笑顔)
京須 そうですそうです、そういうことですね。
香苗 (笑顔で)はい。
さあ、それでは、柳家權太郎さんの「質屋庫」、ごゆっくり、お楽しみください。
京須 (黙礼)

後解説(5:30〜5:34)

香苗 (笑顔で)柳家權太郎さんの、「質屋庫」、でした。
(手振り付きで)それにしても、ほんとにいろんな、人が出てきて、いろんなお話が散りばめられている、落語ですねえ(笑)
京須 はい。あの、怪異が出てくるっていうのは最後のところだけでね、
香苗 はい(笑)
京須 そこへ行くまでの間にいろんな(笑)、ま、経緯(いきさつ)と言いましょうかね、
香苗 はい(笑)
京須 仕込みがありましてね。
えー、しかもこれはね、始めのところなんか「だれ場」と、なる虞がある。
香苗 「だれ場」ってのはちょっと、こう、テンポが落ちるというようなことですか?
京須 そうですね。退屈しかねない、お客様が。
香苗 はい。
京須 頭にそういうのがある噺は、とても難しいんですよ。
香苗 うーん…。
京須 つまり旦那が、番頭さんに、「この噺いったいどうなるんだろう?」と、聴いてる人も思うような、
香苗 はい。
京須 質屋さんってこういう恨みを受ける虞があるんですよってことを言いますよね?
香苗 はい。
京須 あれは質屋さんってものを説明すると同時に、噺のね、面白さの仕込みを段々段々に増やしてくとこですから、
香苗 はい…。
京須 こういうところをね、手を抜かずに演るというのが、落語の一つの、ま、作法と言いましょうか。
香苗 はい。
京須 ええ。これが…お笑い・コントなんかと違うとこでしてね。
香苗 そうですね。
(笑顔、手振り付きで)でも、それがあったからこそ、そうやっぱり、
京須 ええ。
香苗 あのー、私初めて拝見したんですけど、後の方が、わかってきたっていうのは、ありますけれども。
京須 そうなんです。
香苗 でも、それにしてもじゃあ難しい落語って、言えるんですか?
京須 ええ、難しいですよ。演じる方にとってはね。
聴いてる人にとっても「この噺、どうなんだろう」ってところを辛抱してね、
香苗 はい。
京須 最後に「ああ、良かったな」という噺。
香苗 はあい(笑)
京須 これがいかにも落語らしい、古典落語らしい、面白さでしょうね。
香苗 ほんとにそうでした。
そんな中、權太郎さんってすごくこう(思い浮かべながら笑顔になり)表情が、豊かで、顔をこうクシュってしたりとか(笑)、ほんとになんかこう、愛らしくなりますよね? 登場人物が。
京須 (うなずきつつ)そういう噺だけにね、演者のキャラクター、愛嬌も含めてね。そういうものがとてもね、効き目がある噺なんです。
そういうものが無いと、腕が良くてもね、
香苗 はい…。
京須 お客様がちょっと、冷えてしまうかもしれない。
香苗 なるほど、確かに…。(笑顔)
京須 その辺が、權太郎さんの、いいとこですねえ。
香苗 そして、權太郎ならではの工夫ってのは、この中にあったんですか?
京須 うーん…いろんなところにあったようですが、特にね、あったのは最後に熊さんがお酒を呑みながら「これー、うちのとおんなじだ」というのがね。
香苗 (楽しそうに)あっ、はいはいはい(笑)
京須 これはね、自分が散々笑いの種になった、
香苗 はい(笑)
京須 前のところをもう一回お客さんに思い出させるという、したたかな權太郎流の笑いの取り方でしょうね。
香苗 そうですね。
では最後に、えー、權太郎さんに期待することなど、ひと言でお願いします。
京須 ま、そういうその、芸魂(げいだましい)を持っているというか、そういうパワーをね、權太郎さんに大いに発揮していただいて、「ああ、落語ってこんなに面白いんだ」と、
香苗 (笑顔で)うーん…。
京須 いうのを、存分にね、ファンの方に示していただきたい。
香苗 (笑顔で)はい。
京須 そういうことの一番できる方だと思いますね。
香苗 (笑顔で)京須さん、今日はありがとうございました。
京須 こちらこそ。

 

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